犬山城




別名    白帝城
城郭構造  平山城
天守構造  複合式望楼型 3層4階地下2階(1620年改)
築城主   織田広近
築城年   1469年(文明元年)
主な改修者 織田信康
主な城主  成瀬氏、織田氏
廃城年  1871年(明治4年)
遺構   現存天守、石垣、土塁
指定文化財
国宝(天守)
再建造物  櫓、門(模擬)


         尾張の国と美濃田の境にあり、木曽川沿いの高さ約88メートル程の丘に築かれた平城城である。         
         別名の白帝城は木曽川沿いの丘上ある城の佇まいを長江流域を詠った
         李白の詩 「早発白帝城」(早に白帝城を発す) にちなんで萩生徂徠が命名したと伝えられる                      
         前身となるる砦織田信長の叔父織田信康が改修して築いた城であり、
         その後、豊臣政権の時に石川定清(光吉)が改修し、現在のような形となった説などあるが     
         現在のような姿になったのは成瀬正成が改修した1617年(元和8年)ごろである
         2004年まで、城主であった成瀬氏が個人所有する文化財であった.
         個人所有では維持に非常に困難が伴うことから   
         成瀬一族の中から城主に選ばれた
         成瀬淳子(13代当主鳴瀬正宏の妹) 財団法人「犬山城白帝文庫」を設立して理事長に就任し
         犬山城は個人所有でなくなった
 
                              
                                  (資料:wikipediaより引用)

尾張








                                1978年7月16日   犬山城
 



飛騨、信州、乗鞍スカイラインへの旅の途中で寄った犬山城が
現存12天守巡りの始まりでした


家族4人とおていちゃん(=^・^=)とのバタバタ旅行のため お城の写真はこれ1枚!

長男6歳、長女1歳

38年前 まだまだ若い疲れ知らずの頃、 遠い昔です










2012年11月27日

2度目の犬山城







     
     
     
     


         



    内部構造





天守閣からの眺め



                                      <2016年11月14日 記



                                








                                              

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